フェデリコ(1992-2010 )
フェデリコがやってきたのは1992年の春。長い年月を愛猫というよりも相棒として暮らし、絵のモデルとしては最高の力量を発揮する超一流のモデルでした。だんだん年老いて足元がおぼつかなくなり、ご飯を何度もねだるようになりましたが、息絶える直前まで元気な猫だったと言ってもいいと思います。毎日どこかでフェデリコを思います。何かを思い出すと、そこには必ずフェデリコがいるというような感じです。これが辛いかと言うと、ちょっと鼻がツンとはしますが、むしろ気持ちがほころび、ゆるやかに、何かに感謝したいような、そんな感じが強いようです。心で描けとフェデリコが言っています。フェデリコの言い分なら、ぜひとも聞き入れたいと思い、絵を心で描き続けようと思っています。
ミケランジェラ(1996-2010 )
明け方、小鳥たちがさえずれば、ミケちゃんを想います。絵を描いていれば、まるでそこにミケちゃんがいるように感じます。今にも目の前にやって来て、イメージしていた通りのポーズをとってくれそうな気がするのです。ミケちゃんが旅立ってしまってから早くも1年以上過ぎました。今はフェデリコと一緒にいますから寂しくないだろうと思います。記憶の中のミケちゃんのイメージは、あどけなく可憐で、たいした美猫です。ミケちゃんの魂は、すぐそばに居てくれると思うようにはしていますが、撫でることも話しかけることもできないのは、とても寂しいことです。
マーベリック・クマ(1996-1998)
亡くなって久しいのに、いつでも頭の中のイメージに生き生きと姿を現します。今はミケちゃん姉さんに続いてフェデリコ兄さんがやってきたので、きっと一緒にいるでしょう。あちらではクマが先輩ですから、姉さんや兄さんの案内役をしているかもしれないと、想像をたくましくしています。クマは2歳で亡くなりましたので、イメージが若いままですし、亡くなった前後の記憶は鮮烈に残っています。決まり文句になってしまいましたが、願いをひとつ叶えてやろうと言われたら、クマに会わせて欲しいと・・・。この願いだけは月日が経っても変わらないと思います。
シゲオ・ダ・ヴィンチ(1998- )
シゲオはたくましく、いよいよ大きく、その体躯は猫ばなれしているとしか言いようがありません。特に日本に一時帰国して、日本の猫たちに慣れてNYに戻り、シゲオに再会しますと、シゲオの大きさに驚嘆してしまいます。相変わらず午後4時に抱いてほしいとせがみに来ますが、抱くのは、実は一苦労です。何しろ重たくて、ずるずるとするのですから。それに抱き方が悪いと文句を言って噛みつきます。可愛いけど、痛いです。フェデリコが亡くなってしばらくは、いびきも寝言もありませんでしたが、今は復活しています。ミケランジェラもフェデリコもいない久下猫一家では、今やシゲオが新ボスとして頑張っています。
バロン・フェブライヨ(2002- )
バロンは相変わらず神出鬼没です。そこに居たかと思うと居なくなり、居ないと思えば、どこからともなく姿を現します。とはいえ、ミケちゃんもフェデリコもいない猫3頭暮らしでは、以前よりその存在感が大きくなっています。新ボスシゲオとはうまくやっていますし、ハリちゃんのボディガードとしてもしっかり働き、ファクシミリの監視も怠りません。猫好きと猫嫌いとの判別も、厳しくやっています。夜なべの絵を描く仕事によく付き合ってくれるようになりました。ヒョイと顔を上げるとバロンが座っているというようなことが増えました。
ハリ・トティ(2002- )
おだやかで甘えん坊で、いかにも女の子らしい可愛いらしさがいっぱいです。ミケちゃん姉さんが逝ってしまい、叱るものがいなくなりました。シゲオが時々ハリちゃんに向かって偉そうにしますが、大丈夫、知らんぷりをして澄ましていますし、反対に頭突きで対抗しています。ヒトへの頭突きは甘えの表現ですが、シゲオへは、甘えているわけではなさそうです。ハリの怪と呼ぶ大暴れの憑依現象は、ずっと鳴りを潜めています。クマちゃんっぽいのは相変わらずで、絵描きの特権、勝手に複雑三毛模様をタキシードにイメージチェンジして描いてみて、すごく似ていると悦にいったりしています。
 
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